調査票結果
- 地元での呼び方
- ・午前9時、区長が御嶽とビジュンに参詣して線香と酒を供え、コーヌ祝いを行うことを報告する。 ・午後3時には役員が集合し、龕屋とシーサーグヮー(ムイグヮー)を掃除し、線香と酒を供えて祈願する。 ・夕方6時、龕屋に線香15本、酒、重箱料理、豚のチラガー(卯年には鶏一羽)、赤饅頭を供え、字民の健康祈願をする。 ・龕屋から帰る途中、酒と赤饅頭を供えてシーサーグヮーで獅子像を拝む。シーサーグヮーを拝むのはこの日だけ。 ・昭和40年代までは、祭祀の後、集まった区民に各戸ごとに人数分の赤饅頭を配ったが、現在では行われていない。
武術的身体表現の形態
- 武術的身体操作・表現の形態
- ・祈願の後に、棒術や空手、舞踊などを披露した。
- 武術的身体操作・表現の分類
- ■その他( 詳細は不明 )
時期・場所
- 行事が行われる期日(旧暦)
- ・旧暦8月9日 ・特に卯年のコーヌ祝いは十三年マーイといって盛大に行われる。
- 上演の場所
- ・龕屋の前?(詳細は不明)
行事の目的・由来・伝承
- 行事の目的・伝播の仕方 (どのように伝承されるようになったか。)
- ・遺体を納めた棺を墓へ運ぶ龕を製作した日といわれ、龕の誕生祝とともに区民の健康と長寿を祈る。 ・龕屋にお供えをするのは、不幸が続いて頻繁に龕屋を開けることのないようにとの意がある。
- 中断・再興の時期とその理由
- ・不明
- 武術的身体表現(「空手」「棒」等)にまつわる由来、伝承や民話、説話など
- ・不明
当該行事における意味
- 行事の中での演武(舞)の位置とその意味(戦前、戦後、復帰後の変化)
- ・不明
組織・指導者・伝承方法
- 組織
- ・不明
- 各組織の役割等(戦前、戦後、復帰後等の変化についても)
- ・戦前は男性だけが参加していたが、戦後は婦人会も重箱料理の用意などを手伝うようになった。現在は区長と役員が参加する。
- 指導者の氏名(さかのぼるまで)
- ・不明
- 出演者の状況・条件(年齢・性別/戦前・戦後・復帰後)
- ・男性だけが参加していた。
稽古の仕方、期間
- 稽古のスケジュール(戦前、戦後、復帰後等の変化についても)
- ・不明
- 稽古の場所(戦前、戦後、復帰後等の変化についても)
- ・不明
演舞(武)構成
- 演武(舞)構成 (芸態)(現状を含む)
- ・不明
- 集落以外での披露の有無
- ■その他( 不明 )
衣装・道具
- 衣裳・道具の名称と着方
- ・不明
- 衣裳・棒、他の用具の管理と時代の変化について(戦前、戦後、復帰後等の変化について)
- ・不明
- 衣裳・棒、他の用具の修繕や製作、購入の方法(担当、方法、経費など)
- ・不明
- 棒など用具の材質(戦前、戦後の変化)
- ・不明
音楽
- 楽器の内容と呼称、各楽器の演奏者数と時代の変化について(戦前、戦後、復帰後など)
- ・不明
- 楽曲(戦前、戦後の変化)
- ・不明
課題
- 支援してもらいたいことや困っていること(今後の継承等課題等)
- ・不明
- コロナで影響を受けたこと
- ・不明
記録
- 文献、映像記録、古老の記録、プログラムや式次第など
- ■文献 ■その他 ・『豊見城市史 第二巻 民俗編』(豊見城市史編集委員会編/平成20(2008)年3月)656p.


